大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)8196号 判決 1998年3月30日

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する平成八年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  第一項は仮に執行することができる。

理由

一  請求の原因1項(当事者)及び2項(本件記事の掲載)は、当事者間に争いがない。

二  本件記事掲載に至る経緯

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  被告講談社フライデー編集部は、平成七年九月頃、原告が関東財務局理財部次長当時、興産信用金庫の志津理事長より過剰な接待を受けたとの情報を入手し、担当編集者中本顕二が、取材班を作って取材を開始したが、事実関係の確証がつかめず、原告本人への確認取材もできなかったため、記事とはせず、継続調査としていた。

2  平成八年四月五日付朝日新聞に、「政官界へ集中サービス」との見出しの下に、泰道元理事長の政治団体である泰政会等が、平成元年から平成二年にかけて、三回、大蔵省関係者らを赤坂の高級料亭で接待していたことが泰政会の経理資料などから判明した旨の記事(以下、「朝日新聞記事」という。)が掲載された。

右記事には、「九〇年九月の接待相手として名前があげられたのは、当時の大蔵省財政金融研究所と新東京国際空港公団の部長クラスで、いずれもその直前まで大蔵省関東財務局の幹部だった二人」、との記載があった。そして、「二人は、『時期や場所は明確な記憶がない。』としながらも、泰道氏と何度か会食した事実は認めている」、「二人は、『雑誌や新聞などで、泰道氏が普通銀行への転換を目指していたことは知っていた。しかし、直接なにかを働きかけられたことはない。』と語っている。」との記載があった。

3  被告講談社編集部では、朝日新聞記事で匿名とされた大蔵省幹部二名が、取材協力者の話から、平成元年、平成二年当時、関東財務局理財部部長であった松尾と同部次長であった原告であると判断し、担当編集者中本は、同年四月一〇日、編集部と専属契約関係にある取材記者萩尾時一郎とカメラマン小泉範芳を、当時北海道財務局長であった原告に直接取材するため、札幌へ派遣した。

萩尾と小泉は、同年四月一一日、予め原告に取材の申込みをすることなく出勤してくる原告を待ち受け、午前九時頃、札幌第一合同庁舎一一階にある財務局長室付近の廊下で、登庁してきた原告に対し写真撮影を開始し、同時に取材を試みたが、原告はこれに応じなかった。

この際、取材しようとする萩尾・小泉と、突然の取材に驚き、写真撮影を避けて局長室へ入室しようとする原告及び原告を助けようとする職員らとの間で、一時揉み合い状態となった。

本件記事の原告の写真は、右のような状況において、小泉が撮影したものであった。

4  中本らは、引き続き、当時駐英公使であった松尾に対して、国際電話による取材をした。松尾は、泰道元理事長からそれぞれ一、二回、飲食・ゴルフの接待を受けたことは認め、接待ではなく、転勤祝いだから払ってもらうのは当たり前という趣旨の発言をした。以上の取材を経て、被告講談社編集部では、被告鈴木が編集長として本件記事の紙面構成を決定し、平成八年四月二六日発行の本号に掲載した。

三  本件記事による原告の名誉毀損の有無

1  請求原因3項のうち、本件記事中に本件記事部分一ないし三が存在することは当事者間に争いがない。

2  本件記事部分一について

(一)  本件記事(甲第一号証)は、フライデーの見開き二頁にわたるものである。その紙面構成は、右側七六頁の大半を原告の写真が占め、その右側に大文字で本件見出しが付されており、左側七七頁は、その左側約三分の一を広告が占め、残り三分の二のうち、左上部に泰道元理事長の写真と「放漫経営者・泰道三八氏の逮捕も近い」との付言部分があり、本文中に本件記事二、三が存在し、下段欄外一行に原告の写真に対する付言部分が存在するというもので、全体として、原告の写真を中心とした、原告を主要人物とする構成になっている。

右のような紙面構成を前提として、写真週刊誌を読む場合の通常の読者を基準に判断すると、本件見出しと原告の写真の組み合わせからなる本件記事部分一は、原告が、「払ってもらうのは当たり前」との発言をした人物であるとの事実(以下、「摘示事実一」という。)と、泰道元理事長からたびたび接待を受けていた大蔵官僚であるとの事実(以下、「摘示事実二」という。)とを摘示したものであると認めることができる。

そして、当時、泰道元理事長は、乱脈融資によりコスモ信用組合の経営を破綻させた人物であるという社会的認識があり、このような人物から接待を受けていたという事実(摘示事実二)は、金融機関の監督官庁である大蔵省の官僚たる原告の社会的評価を低下させるものというべきである。また、摘示事実一も、本件見出し中の「大蔵エリート官僚」との表現とも相俟って、右のような接待を当然のことと認識している傲慢な人物との印象を一般読者に与えるものと認められ、原告の社会的評価を低下させるものといえる。

(二)  本件記事部分一に関する被告の主張について

(1) 被告は、本件見出しは本件記事本文の内容を要約するもので、それのみでは読者に何らの印象を与えるものではなく、また「払ってもらうのは当たり前」との発言をしたのが松尾良彦であることは、本文を読めば容易に判明する旨主張する。

たしかに、本件記事の本文中には、原告が右発言をした旨の記載はなく、右発言が松尾によるものであることは文脈をたどれば理解することができる。しかし、フライデーは記事とともにいわゆる写真を売りものとした週刊誌であるから、本文を読み終えた一般読者が、本件記事の右側七六頁の大半を占め、かつ、ことさらに傾斜させた構図で配置してある原告の写真を目にすることによって、原告もまた「払ってもらうのは当たり前」という考え方を持った大蔵官僚であるとの印象を抱くのはきわめて自然というべきであるから、被告の右主張事実によって、右判断が左右されるものではない。

(2) 被告は、「接待漬け」との表現は、原告と泰道元理事長との接待関係に対する批判的論評、すなわち意見言明である旨主張する。

しかし、「接待漬け」という表現は、一般の読者の有する知識、想像力等を考慮して判断すれば、多数回接待を受けていた事実の一種の比喩的表現と見るべきであり、事実を摘示するものというべきである。

3  本件記事部分二について

本件記事部分二は、「泰政会の資料によると、泰道元理事長は大蔵官僚を赤坂で接待していた」旨の記載に続いて、泰道元理事長の右接待の意図に関する金融関係者の推測が紹介され、その後「リストの名前が載っていたのは、中村英隆・現北海道財務局長と、松尾良彦・現駐英公使(財務担当)の二人である。」との記載になっている。したがって、本件記事部分二は、原告が泰道元理事長から赤坂で接待を受けていたとの事実を摘示するものと認められ、摘示事実二と主要な部分において同一の事実を摘示するものであり、原告の社会的評価を低下させるものといわざるを得ない。

被告は、この点につき、右記事部分は、泰政会の資料に、原告と松尾の氏名が接待先として記載されていた事実を伝えるにすぎないと主張するが、本件記事部分二全体からすれば、単にそれのみにとどまらず、右認定の事実をも摘示したというべきであり、被告の右主張は失当である。

4  本件記事部分三について

本件記事部分三は、大蔵省OBの、大蔵省、特に関東財務局には、信用組合、信用金庫に対するたかりの構図がある旨のコメントに続き、泰道元理事長の接待費捻出についての記載があり、最後に「そんな接待を満喫したうえ、『奢られるのは当たり前』との認識を持つようでは、官僚の本分を忘れているという他ない。」と記載して、本件記事全体を結んでいるものである。

したがって、本件記事部分三は、原告に関する記載というより、大蔵省、特に関東財務局に関する記載ともいうべきではある。しかし、末尾部分の「奢られるのは当たり前」との表現が、本件見出しの「払ってもらうのは当たり前」との表現と呼応していること等からすれば、摘示事実一、二を基礎として、原告及び松尾に対する「官僚の本分を忘れているという他ない」という意見を表明したものと認めるべきで、この意見表明によって原告の社会的評価を低下させるものといわざるを得ない。

四  抗弁について

1  本件記事の公共の利害関連性と公益目的性

本件記事は、金融機関を監督すべき立場にある大蔵官僚たる原告が、乱脈融資により経営が破綻したコスモ信用組合の元理事長から、接待を受けていたという事実を摘示するものであるから、右は公共の利害に関する事実ということができる。

また、本件記事の内容及び前記二で認定した本件記事掲載に至る経緯に照らせば、本件記事の掲載は公益を図る目的であったと認めることができる。

2  本件記事の真実性、相当性

(一)  本件記事部分一について

(1) 「払ってもらうのは当たり前」との発言部分について(摘示事実一)

(イ) 前記認定のとおり、本件見出し及び原告の写真は、それらが相俟って、原告が「払ってもらうのは当たり前」との発言をした人物であるとの事実を摘示するものであり、右発言部分は、本件記事部分一中の主要な部分であるとみるべきところ、右発言をしたのは松尾良彦であって、原告ではないのであるから事実に反しており(原告が右発言をしたと認めるべき証拠はない。)、そして、被告講談社編集部は、当然そのことを知っていたのであるから、本件記事部分一が、名誉毀損の違法性を欠くということはできない。

(ロ) この点につき、被告らは、原告も松尾と同様に泰道元理事長から接待を受けたことを悪いこととは思っていないことは、原告本人尋問の結果から明かであり、したがって、仮に原告が「払ってもらうのは当たり前」との発言をしたような印象を読者に与えるとしても、それは原告ひいては大蔵官僚全体の実相を国民に伝えるもので真実の記述であり、違法性を欠く旨主張する。

たしかに、原告はその本人尋問において、接待経験を否定しているものの、その供述内容は率直さを欠くところもあり、原告の大蔵官僚としての経歴等をも勘案すると、原告が関係業者から接待を受けた経験がないとは考えにくい。しかし、そのことのみから原告が接待を受けて当然との認識を有していたと推認することはできないし、本件全証拠によるも原告が右のような認識を有していたと推認するに足りる事実を認めることはできない。

また、右のような認識が大蔵官僚の実像であると認めるに足りる証拠は提出されていない。

したがって、被告らの右主張は証拠上理由がないといわなければならない。

(2) 「接待漬け」との事実摘示について(摘示事実二)

次に、原告が泰道元理事長からたびたび接待を受けていたという事実が真実か、仮に真実でないとしても被告らにおいて真実と信じるにつき相当の理由があったと認められるかの点につき判断する。

(イ) 原告が、泰道元理事長から、一回接待を受けたことがあることは原告の自認するところであるが、たびたび接待を受けていたという事実を認めるに足りる証拠はない。

(ロ) 《証拠略》は、平成八年四月八日の夜に、コスモ信用組合の事件の捜査関係者から、泰政会の経理資料に基き、泰道元理事長が原告及び松尾に対し、数回の高額な接待を行っていたという情報を得た旨供述している。

しかし、右供述は泰政会の経理資料がどのような経理資料であるかが指摘できないなど具体性に欠ける。また、中本が右情報を得たというのは、朝日新聞記事が発行された後の時点であり、右情報の根拠も朝日新聞記事と同様に泰政会の経理資料といい、情報の内容としても朝日新聞記事以外の新たな事実が含まれていない。更に、右供述は、情報提供者から原告と松尾の実名をあげてもらったというものであるが、朝日新聞記事には匿名ではあるものの、当時の役職が記載されているところから、かねて興産信用金庫にまつわる疑惑の件で、原告に注目していた被告講談社フライデー編集部にとっては、朝日新聞記事の記載で指摘された大蔵省関係者を原告と松尾であると特定することはさほど困難があったとも考えられない。

したがって、中本証言・陳述は、報道関係者として情報源を秘匿する必要があるという事情を考慮に入れても、たやすく信用できず、他に、中本らが、平成八年四月一一日の原告に対する直接取材以前に、朝日新聞記事以外の情報源から、原告が泰道元理事長からたびたび接待を受けていたという情報を入手していたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告らにおいて右事実が真実と信じるにつき相当の理由があったとはいえないから、摘示事実二が名誉毀損の違法性を欠くということはできない。

(二)  本件記事部分二について

本件記事部分二は、原告が泰道元理事長から赤坂でたびたび接待を受けていたとの事実を摘示するもので、摘示事実二と主要な部分において同一の事実を摘示するものであるところ、右四2(一)(2)認定のとおり、被告らにおいて原告が泰道元理事長からたびたび接待を受けていたと信じるにつき相当な理由があったとは認められないから、本件記事部分二は、名誉毀損の違法性を欠くということはできない。

(三)  本件記事部分三について

前記のとおり、本件記事部分三は、摘示事実一、二を基礎とした論評、すなわち意見言明というべきである。そして、摘示事実一、二については、真実性の証明、真実と信じるについての相当な理由が認められないのであるから、右摘示事実に基く本件記事部分三の論評が、名誉毀損の違法性を欠くということはできない。

五  被告らの責任

請求の原因4の事実は当事者間に争いがない。したがって、被告元木及び被告鈴木は不法行為者として、被告講談社はその使用者として、原告の被った損害を賠償する責任を負う。

六  原告の損害

原告は、本件記事の誇張された表現により、個人的・社会的生活に不利益を被ったこと、しかし、被告らは、本件記事において、興味本位に原告の個人攻撃をしたものではなく、当時の頃から社会問題化しつつあった大蔵省と金融機関の接待を通じた癒着に対する批判と問題提起等を意図していたものであったこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件記事により受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は、金五〇万円をもって相当というべきである。

なお、原告は、慰謝料の請求にあわせて謝罪広告の掲載を求めているが、右諸事情を考慮すると、慰謝料の支払いに加えて謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要性は認められない。

七  よって、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金五〇万円及び訴状送達の日の翌日である平成八年五月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 江頭公子 裁判官 田中寿生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例